当院で行った治療例をご紹介させて頂きます。今回は、当院で手術を行った「犬の線維腫性エプリス」の症例をご紹介します。

症例

Beanちゃん、フレンチ・ブルドッグ、3歳、去勢オス

Beanちゃんは3ヶ月前に下顎切歯歯肉にしこりができ、他院にて根元から切除を実施、「末梢性歯原性線維腫(線維腫性エプリス)」と診断されました。切除により一時的にしこりは無くなったものの、同じ場所から再度しこりが発生し大きくなり、治療方針のセカンドオピニオンのため、当院を受診されました。

口の中を確認すると、下顎第一切歯から第二切歯にまたがるように、歯肉から赤色のしこりが盛り上がっていました。触診では、下顎リンパ節の腫大などは認められませんでした。

治療計画

今回は、すでに組織生検にて「線維腫性エプリス」との確定診断が出ているため、ご家族とは、この病気の特徴などを踏まえ、治療方針をご相談しました。

「線維腫性エプリス」とは、歯原性線維腫とも呼ばれる通り、歯周組織から発生する良性の腫瘍性病変です。良性のため他の臓器への転移もせず、発生した部位の顎骨への浸潤(骨を溶かしたり、骨の中に染み込むように根をはること)もしないとされています。

放射線治療や内科治療は有効ではなく、外科手術が第一選択治療となります。Beanちゃんの場合には、検査の際に根元から切除を行っているにも関わらず再発しているため、しこりの切除のみではなく、発生源となっている歯をしこりと一緒に抜去し、歯周組織を削り取る処置を提案し、ご家族の同意が得られたため、実施することとなりました。

術前には全身麻酔前の検査として胸部レントゲン検査を実施し、転移などがないことを確認しました。

手術

こちらを開きますと実際の手術写真が掲載されています。苦手な方はお気をつけください。

術中写真

しこりは第一切歯と第二切歯にまたがるように発生しているため、第一・二切歯と一緒にしこりを切除することとしました。

まずはしこりの辺縁を切開します。根元に向けて切除を進めていくと、歯の根元の組織と連続しており、歯を抜くことでしこりも根元から完全に取り除くことができました。

機械を使用して歯周組織を残さないようにしっかり削り、再発を予防します。

感染を防止するため歯科用の抗生剤を挿入し、切除部位を塞ぎます。傷口を覆えるように、粘膜に切開をいれて粘膜フラップを作成し、縫い合わせます。少し口唇が内側に引き込まれましたが、きれいに覆うことができました。

術後経過

術後の経過は良好で、食事も元気いっぱいに食べてくれているとのことでした。お口の中の粘膜は溶ける糸を使用して縫合していますので、抜糸の必要はありません。傷口の異常がないことを確認し、治療終了としました。

現在術後5ヶ月経過しますが、再発もなく経過は良好です。

まとめ

わんちゃんやねこちゃんのお口の中は、普段はあまりじっくり見ることができない場所であり、しこりが出来てもかなりの大きさになるまで気がつかない場合も多い場所の一つです。今回は転移などもしない良性の病変でしたが、犬や猫の口の中にできるしこりは、転移や骨の破壊を起こす悪性腫瘍である場合が多く、口臭や出血、痛み、摂食障害などの原因となり犬や猫のQOLが著しく損なわれ、命に関わります。

早期発見のポイントは、歯みがきの際にお口の中をよく観察する、歯みがきが難しい子の場合は、あくびをした時などにお口の中を覗くようにする、食べ方の変化がないか(固いものを嫌がる、片方だけで噛む、こぼすようになる、飲み込みにくい、食べる量が減り体重が減ってきた等は変化のサインです)、唾液に血が混ざらないか観察する、口臭の変化を意識する、等です。お口の中の変化に気づかれた場合には、できるだけ早く病院を受診するようにお願いします。病院でお口の中の観察を嫌がる子の場合には、ご自宅で写真や動画を撮ってきて頂くと非常に参考になります。

今回の症例は、良性病変との診断でしたが、治療方針の決定に悩まれ当院を受診してくださいました。病気の特徴などをふまえ、ご家族とよく治療方針をご相談し、歯は抜くことになったものの、術後の経過も良好でご家族にも安心して頂けました。Beanちゃん、お疲れ様でした!治療方針に悩まれている場合にも、ご相談等お受けしておりますので、お気軽にお話しください。

この記事を書いた人

岡田 憲幸

岐阜大学応用生物科学部獣医学課程を卒業。卒業後は都内動物病院(副院長)や松波動物病院メディカルセンターに勤めたのち、2023年に東郷がじゅまるの樹動物病院を開院。日本獣医師会、愛知県獣医師会、日本動物病院協会、獣医麻酔外科学会、日本獣医がん学会所属。日本動物病院協会 総合臨床医、日本動物病院協会 外科認定医資格所持。