当院で行った治療例をご紹介させて頂きます。
今回の症例は顔にできてしまった、『肥満細胞腫』です。

症例


りんちゃん、柴犬、14歳、避妊メス
左眼の下にできものがあり、他の病院で塗り薬をもらったが、よくならない、ひっかいて出血してしまうという主訴で来院されました。

しこりは左眼のやや下に存在し、一部自壊して、出血してしまっていました。触診上、下顎リンパ節の腫脹は認められませんでした。

検査

腫瘍の疑いがあるため、針を刺して細胞の一部を採取する、細胞診検査を行いました。検査の結果『肥満細胞腫』と診断されたため、後日摘出手術を行いました。
また、転移の評価のためレントゲン検査と腹部超音波検査を行いましたが、転移を疑う病変は認められませんでした。

術前計画

肥満細胞腫は浸潤性が高く、目に見えている範囲よりも根っこが広く伸びていることが多い腫瘍です。通常腫瘍から2cm程度の余裕を確保して切除しなければ取り残してしまう可能性があります。今回の症例では、腫瘍は左眼に近く、十分な切除マージンを取るためには、下眼瞼ごとの切除が必要でしたが、術後の眼への影響が非常に大きいと考えられたため、オーナー様と相談の上、眼瞼を温存した上で、できるだけ眼瞼近くまでで切除することとしました。

また、切除部分を通常の方法で縫合すると、眼瞼や口唇部が引っ張られてしまい、きれいに覆うことができないため、回転皮弁という特殊な方法を用いて、閉創を行う手術計画を立てました。回転皮弁とは通常の方法では縫合できない場合に、欠損部の周囲にある、比較的余裕がある皮膚を回転させるように引っ張ってきて、欠損部を覆う術式です。
また、正確な転移の評価のため下顎リンパ節の切除生検と肝臓と脾臓の細胞診検査を同時に実施しました。

手術

こちらを開きますと実際の手術写真が掲載されています。苦手な方はお気をつけください。

術中写真

まずは、腫瘍の切除を行いました。顔面には多くの重要な神経や血管が存在しているため、これらを傷つけないように細心の注意を払って切除していきます。

切除後は、大きな欠損部をきれいに覆えるように皮膚切開を延長してに回転皮弁を作成します。周囲の皮膚のたるみを確認しながら、外貌の変化が最小限になるように欠損部を覆っていきます。

皮下縫合を終えたところの写真です。比較的外貌の変化がなく、きれいに覆うことができました。
この後、皮膚縫合を行い手術は無事終了しました。

術後経過

術後の経過は良好で、術創も問題なく癒合してくれました。顔面神経の麻痺も認められませんでした。病理検査の結果は『肥満細胞腫、グレード2(Low)』と診断されました。切除マージンも無事に確保され、腫瘍細胞は完全に切除されていました。同時に行った転移の評価では、肝臓や脾臓には細胞診上、転移所見は認められませんでしたが、下顎リンパ節には転移所見が認められました。

転移を認めたため、体にはまだ微少にがん細胞が残ってしまっている可能性があるため、それを完全に倒すため、術後の追加治療として、分子標的薬による化学療法(抗がん剤)を開始しました。

抗がん剤を開始しましたが、副作用も認めず経過は良好でした。
現在手術後4ヶ月を経過しましたが、転移や再発所見も無く良好に経過してくれています。

まとめ

肥満細胞腫は皮膚や皮下によくできる悪性腫瘍です。早期に発見して診断を行い、早期に手術を行って、完全に切除できれば、高悪性度(グレード3)以外では根治が期待できます。色々な見た目で発生する腫瘍であるため、外見だけでは判断ができませんが、「小さくなったり大きくなったりを繰り返す」、「痒みがある」、「なかなか治らない」などの特徴が現れる場合があります。また、刺激によりヒスタミン等の炎症をおこす物質を体に分泌して弊害を起こすという特徴もあるため、しこりを見つけた場合には触りすぎないことが大切です。日常的なスキンシップやお手入れの際に見つけることができる腫瘍なので、日頃から愛犬愛猫の体をよく触ってあげてください!そして、気になるしこりを見つけた場合は、早期発見・早期治療のためにも、まずは病院を受診してください。

今回の症例は、運悪く顔にできてしまい、眼の問題や、切除後に皮膚が足りないといった問題がありましたが、回転皮弁という特殊な方法を用いることで、外貌の変化もほとんど無く、閉創することができました。残念ながら転移を認めたため、抗がん治療が必要になりましたが、副作用も無く良好に経過しています。このまま、転移や再発がないことを祈るばかりです。りんちゃん大変な手術お疲れ様でした!

この記事を書いた人

岡田 憲幸

岐阜大学応用生物科学部獣医学課程を卒業。卒業後は都内動物病院(副院長)や松波動物病院メディカルセンターに勤めたのち、2023年に東郷がじゅまるの樹動物病院を開院。日本獣医師会、愛知県獣医師会、日本動物病院協会、獣医麻酔外科学会、日本獣医がん学会所属。日本動物病院協会 総合臨床医、日本動物病院協会 外科認定医資格所持。